今ここにかえる

平成の初め、私は東京からほど近い郊外のベッドタウンで生まれ育った。
不便のない街での不自由のない暮らし。そのことを決して不幸だとは語れないけれど、欲しかった幸福のかたちとはたしかに違っていた。

漫画や小説でよむ未知なる旅の物語に憧れを抱くものの、現実には事件もなければ冒険の始まりを予感させるような出会いも起こらない。そんな生活のなかで、私はずっと生きている実感を欲していた。
面白いものにはたくさん出会ってきたはずなのに、「なにか違う」という感覚は拭いきれず、いつだって、ここではないどこかを追い求める。
どんなに本を読んでも、あらゆる場所へ訪れても、いろんな人と出会って話しても、自分の求める居場所を見つけることはできずに、気づいた頃には大人になっていた。

絶え間なく流れ込む情報によって、選択肢は無限に増え続ける。その可能性に広がりにはじめは胸が踊っていたものの、やがてその期待感は現実への虚無感や焦燥感へと変わっていった。
ただ可能性が広がるだけでは、自由は手に入らない。実際にその恩恵を受け取るためには、決断する勇気が必要であった。

そして、何かがプツっと切れたように、私は唐突に砂を敷いて暮らし始めた。
今思えば、それは「うるさい」という感覚に近い。
私が砂を敷いたのは、外から流れ込んでくるあらゆる声たちと距離を置きたかったからなのかもしれない。それは、砂の部屋に訪れる人々と接していくなかで気づかされたことであった。

砂の部屋は、訪れる人にとっての生活の場でも働く場所でもない。
今置かれた現実から少し距離を置いた空間には、求められる役割は存在せず、「今ここ」にいる自分自身から声が落ちてくる。

そして、気づかされる。
生きている実感が欠けていたのは、自分自身が「今ここ」にいなかったからであるということに。ずっと欲しかったものは、「ここではないどこか」ではなく、いつだって「今ここ」にあったのだと。

砂の上に暮らし始めてから数年が経った頃、私が見つけたのは、まぎれもなく今ここにいる私自身の声であった。
もうひとつの地表
砂を敷くと、世界にもうひとつの地表が現れる。
その空白に落ちる声は、私たちにたしかな実感をもたらす。

はじまりは、東京にあるアパートの一室。四畳半の部屋に敷かれた200キロの砂。その空間には現在も人を招き続けており、いつしか人々の内なる声に耳を澄ませ、悩みを解消したり、人生の次なる展開を探る手助けをすることが、私の仕事となっていた。

私たちは、外からの声があまりにも聞こえすぎている。
その声に囚われ自らの声を見失うと、漠然とした不安に苛まれたり、得体の知れない焦燥感に駆られ、最後には自信がなくなってしまう。
けれど、今ここにいる自分自身の声にもう一度耳を澄ませることができれば、それがあたらしい自分を迎え入れるための勇気となる。
砂の部屋がそんな落ちてくる声たちの居場所のひとつとなれたら、とても嬉しいと思う。

だから私は、今も砂を敷ける場所を探し続けている。
新たな場所と出会うたびに、その空間がもつ特性や土地の文脈からインスピレーションを受け取り、砂の部屋をつくっている。
そんな砂と共に過ごした年月が、砂を敷くという身体的な経験が、この人生の地続き上にたしかな実感をもたらしてくれる。

そしてそれが、私が砂を敷く理由になっている。