第二章
内なる声を受けとる
内なる声にふれたとき、人はその瞬間から、自分自身を癒しはじめる。
その声は、語る本人だけでなく、それを聴く誰かの心にも響いていく力を持っている。

この章では、長年付き合っていたパートナーとの別れを経て、理由のはっきりしないモヤモヤとした感情に悩まされていたユウさんが、ノートを通して偶然引き出された自らの声に出会い、癒されていく過程をたどる。
ユウさんの悩みは、明確な原因が見つからないことに由来していた。
何か理由があるはずだと頭で探し続けても、手応えはなく、モヤモヤとした感覚だけが残る。それを癒したのは、原因を探ることではなく、自らの内にある声を受けとることだった。
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Prologue
なんだかモヤモヤしている
「数ヶ月前に、長く付き合っていたパートナーと別れたんです。たくさん話し合って決めたことだし、復縁を望んでいるわけでもない。もう気持ちは整理できたと思っていました。けれど、心にぽっかりと穴があいたような感覚が残っていて…。今はとにかく、仕事に集中したい時期なんです。けれど、どうしてもモヤモヤが晴れなくて、全力が出し切れないんです。」
そう語るユウさんには、別れたことへの後悔がないからこそ、このモヤモヤの理由がつかめず、もどかしさが残っていた。
モヤモヤとした感情は、ときに、前へ進もうとするエネルギーが行き場を失ったときに現れる。
仕事に全力を注ぎたい気持ちと、別れのあとに残された未整理の感情は、同じ体のなかで別々の方向に分離していた。
何かが間違っているわけではない。けれど、どこかが噛み合わない。ユウさんのエネルギーもまた、見えない出口を探すように彷徨っていた。
Reading 1
エネルギーの流れをよむ
ユウさんのノートには、『幸せ』『不安』『頑張りたい』というドロップにストーンが置かれていた。
「どんなことを思い浮かべながら、ドロップを書き出しましたか?」
「そうですね…今抱えているモヤモヤとか、自分にとって大事なことを書きました。」
「ストーンを置いたところは?」
「『幸せ』『頑張りたい』『不安』ですね。『幸せ』は、率直に「幸せになりたいなぁ」と思って。『頑張りたい』は、仕事のことですね。今、関われているプロジェクトは昔からやりたかったことなので、ようやく関われるようになって嬉しいんです。最後に『不安』っていうのは、今日ここにきた理由でもあるんですけど、パートナーと別れたこととか、そういうずっと感じているモヤモヤです。」
「ありがとうございます。まず最初に、私がユウさんのノートを見た時に感じたことは、いくつもの方向性のエネルギーが混じっているような印象でした。」
「エネルギーですか?」
「たとえば、「仕事を頑張りたい」という成長に向かうエネルギーとか、「なんだかモヤモヤする」という不安のエネルギー。まさにストーンを置いてもらったところですね。たぶん、どちらのエネルギーもユウさんの幸せに向かっているはずなんです。だけど、この二つって、全然違う方向に進んでるような気がするんですよね。」
「たしかに。」
「どっちの声も聞いてあげたいのに、二つとも全然違う方向に走っているから、結局何を聞けばいいのかわからない。」
「ああ…わかる気がします。」
「なので、『頑張りたい』と『不安』、それぞれについて感じる声を改めて聞いてもいいですか?うまくまとまってなくていいので。」
「『頑張りたい』のエネルギーは、「どんどんいこうよ!」「もっと成長したい!」って感じがします。」
「前に全力で走っている感じですか?」
「そうですね。前に前に、って感じです。」
「『不安』の方はどうですか?」
「そうですね…なんだか落ち込んでいるというか、どんよりしている。暗い部屋で布団にくるまっているような感じですね。元気がなくて…なんだか嫌ですね。」
「その「嫌」という感じは、「頑張りたい」ユウさんのエネルギーから見たときに、そう思うということでしょうか?」
「そうかもしれません。足を引っ張っているように感じます。」
「なるほど。だとしたら、いったん分けて感じてみましょうか。どうしても、前に進もうとする側の声ばかり聞いてあげたくなりますが、進むことだけがエネルギーではないんですよ。その場に留まることにも、実は強烈なエネルギーが働いていることもありますから。」
「どちらの声も聞いてあげるって難しいですね…。」
「頭の中だけでやろうとすると難しいですよね。でもノートのなかでは、物理的に分けて置くことができます。また、ノートをかく時間にするので、それぞれのエネルギーについて改めて感じてみてもいいかもしれません。」
「わかりました、試してみます。」

・・・

ドロップの集合体には、その人自身のエネルギーの流れがあらわれる。その流れに目を向けることで、内に抱えていたモヤモヤの根に近づいていくことができる。
ユウさんのノートには、『頑張りたい』と前に進もうとする力と、その場にとどまりたい『不安』な気持ち、異なる方向に向かうエネルギーが混在していた。気持ちの整理は、ひとつの答えにまとめることではなく、共にある複数のエネルギーに、それぞれのまま寄り添っていくことから始まっていく。
Reading 2
力の源に触れる
前に進みたい力と、その場にとどまりたい気持ちの狭間に立っていたユウさんは、その関係性をノートに反映させていく。すると、ノートの上には、二つの大きなドロップの塊が現れ、そのあいだには深い溝が生まれていた。
「それぞれのエネルギーを感じてみていかがでしたか?」
「なんだか、どちらも大切なもののような気がしてきました。ここに来るまでは、頑張るために早く不安をなくしたいって思っていたんです。だけど、それぞれの感情と向き合っているうちに、不安のエネルギーをこのまま消してしまってもいいのかなって思い始めてきたんです。」
「消してしまったらどうなると感じますか?」
「そうですね……奥行きがなくなるような感じでしょうか。なんだかこの『不安』について考えていると、不思議と生きてるって感じがするんです。」
「たしかに、この二つの大きなドロップの塊それぞれから、同じくらい強い力を感じますね。その分、このあいだにある溝が気になりますね。」
「私もそう思いました。何かを引き裂いているようにも見える…。」
「『痛みに寄り添う』というドロップにストーンを置いていますね。これについて聞いてもいいですか?」
「それは、今の仕事を始めるときの動機なんです。そういえば入社するときに、「人の痛みに寄り添いたい」って言っていたなって。」
「今のユウさんから見て、そのときの気持ちから変化はあったんですか?」
「いいえ、変わっていないです。もちろん、大変なことも、綺麗事だけじゃうまくいかないこともたくさんありました。だけど、そのために頑張れることがなんだかんだで嬉しいんですよね。」
「今の声を聴いていると、そこにエネルギーの原動力というか、源泉のようなものを感じますね。さっきまではそれぞれのエネルギーを感じていたけど、そもそも何によってエネルギーが湧いているのか。そこが気になってきます。」
「何によって…」
「それが、今ノートにある溝とも関係していそうなんですよね。さっきユウさんが「引き裂かれたみたい」って話していましたけど、引き裂かれたということは、もとは一つだったのかもしれません。」
「なんだろう、気になります。」
「そうしたら、再びノートに向き合う時間にしてみましょうか。」
「はい。そうしてみます。」

・・・

ユウさんのノートには、二つの感情に引き裂かれそうになっているイメージが浮かび上がる。
けれど、それぞれの感情に寄り添ううちに、はじめは消したいと思っていた不安な気持ちに対して、生きる実感のようなものを見出し始める。そして、「痛みに寄り添いたい」という原点の想いを再確認したことで、自身のエネルギーの源泉に触れていく。
Reading 3
「私は、幸せになっていい」
ユウさんのノートからは先ほどの溝は消え、ドロップはひとつの大きな塊になっていた。その塊の中心には、ストーンと共に『愛情』というドロップが置かれている。
リーディングが始まった瞬間、ユウさんは「きいてください!」と、少し興奮気味に話し始める。
「なんだか、さっきの時間にすごいことが起こった気がするんです。さっきのリーディングのあと、もう一度ノートに向き合って、あの溝をぼーっと眺めていたんです。自分のエネルギーの源泉ってなんだろうって。でも、考えるほどわからなくなってきて。もういいやって思って、えいっ、て溝を繋げちゃったんです。」
ユウさんは、紙の両端を持ち上げてノートの真ん中にドロップを寄せるようなジェスチャーをする。
「そしたら、ぐしゃっと重なったドロップの中から、たまたま『愛情』っていうドロップが目に入ったんです。最初はなんとなく書いただけだったんですけど、なんだか急にハッとなって。それが原動力だって。大事なものだって気づいたんです。」
ユウさんは、さらに言葉を続ける。
「私、昔からいっぱい愛情を受け取ってきたと思うんです。だから、自分もそんな風に愛情を与えていきたいって。それが、今の仕事を始めるきっかけにもなっている。」
「それが今のユウさんにもリンクしていたんですね。」
「そうです。それで、別れたパートナーとのことも思い出したんです。不安なとき、いつもそばで支えてくれていて…。たくさん愛情をもらっていたなって。」
「ユウさんへの愛情は、その人からずっと注がれていたんですね。」
「はい。だから別れてからは、自分自身に愛情を注ぐことができていなかった。」
ユウさんは一呼吸おいてから、自分に言い聞かせるようにつぶやく。
「私は、自分自身に「幸せになっていい」って、言ってあげたかったんだ。」

・・・

ふと「ああ、自分はこう感じてたんだ」と気づく瞬間がある。それが、声が落ちてくるように、内なる声を受けとる感覚なのだと思う。それは、ときに偶然によってもたらされる。たまたま隣り合ったドロップに新たな関係性が生まれたり、うっかり落としてしまったドロップがひらめきに繋がったり、そんなふとした偶然が思わぬ気づきをもたらす。
ユウさんも、ノートの上に並べたドロップをぐしゃっと崩したことで、偶然、『愛情』というドロップが目に入り、自身のエネルギーの源泉を思い出す。

エネルギーの源泉に触れたとき、不調を起こしていたエネルギーも本来あるべき流れにおさまっていく。
ユウさんのノートにあった大きな溝は、やがて一つの心臓のようなかたちとなり、鼓動を打ち始めていた。